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人々を熱狂させる争いをもなくすオペラの力!羽村市出身の声楽家「大井哲也」が市民に託す思いとは
~音楽のあるまち羽村③~

  • 伊藤 大(市民記者:だいさん)

皆さんは羽村市で市民参加型のオペラが上演されていることをご存じでしょうか。平成30年11月3日、羽村市生涯学習センターゆとろぎで「ゆとろぎオペラ『魔笛(まてき)』」が上演されました。この公演に向けて、公募による小学生から高齢者までの市民合唱団を指導したのが羽村市出身の声楽家である大井哲也さんです。
故郷「はむら」でオペラを指導するその思いと、声楽家という聞きなれない職業に就いたいきさつについてお話を伺いました。

音楽は地域の良い文化を醸成するエッセンス

だい 「ゆとろぎオペラ『魔笛(まてき)』」には、市民の方が参加していますが、普段から一般の方に対して声楽の指導をしているのですか。

大井さん そうですね、羽村市に限らず他の自治体でも教えています。今はアマチュアの方への指導と舞台出演が1:1ぐらいの割合ですね。

だい 一般の方への指導はいつ始めたのですか。

大井さん 学生の頃から関わっています。実は、世界的に知られる「タングルウッド音楽祭」に出演したこともあるメゾソプラノ・コントラル歌手の鳴海真希子さんが大学の先輩で、勉強になるからと声をかけられたのがきっかけなんです。

だい 羽村市の市民オペラはいつから関わっていますか。

大井さん 2018年からになります。

だい 指導を拝見していると、市民の方とのコミュニケーションをとても大切にしているなと感じますが、気をつけていることを教えていただけますか。

大井さん 短期間で、皆さんの力を引き出すためには、お互いに心を開いていくことが大切だと思っています。普段は学校や仕事などで忙しく、レッスンの時間だけ音楽に接する方もいます。だから、終わったときに充実した気持ちを持ってもらいたいという使命感みたいなものがあるんですよ。レッスン自体がショーのように感じてもらえればと考えています。

だい 確かに、皆さんの笑顔が印象的でした。羽村市で指導することに特別な思いはありますか。

大井さん 自分が生まれ育った土地ですから、やはりありますね。僕は、こういった文化活動は地域の雰囲気を良くしていくと信じています。実は、オペラがはやった時代のローマでは戦争がないんですよ。それぐらい人々を熱狂させました。その伝統的な技術を今の時代に再現するところにすごく価値があるし、難しさもある。だから、市民の方にも練習のポイントをきちんと伝えて、技術を体得していただくことを心がけています。そうした達成感を家庭に持ち帰って笑顔が増えると、それがこの地域の文化になっていくんだと思うんです。

だい 文化活動を通じて自分の成長を実感し、笑顔という形で家庭へも良い影響を与えることができる。大人でも本気になれる貴重な体験だと思いました。そして、それが地域の文化になっていく。今の羽村市の雰囲気があるのも、「音楽のあるまちづくり」の効果なのかもしれませんね。

内気な子が覚えた「目立つ」快感

だい あまり聞き慣れない職業なので、声楽家になるまでのいきさつを少し教えてください。羽村市は小・中学校で吹奏楽などの音楽が盛んですけど、大井さんも経験者ですか。

大井さん 小学生の時は図工クラブで、構図とかアイデアを考え出すのが得意だったんですよ。もし、音楽に進んでいなかったら、美術家の道に行ってたんじゃないかな。

だい 中学生の頃はどうですか。

大井さん ほぼ野球でした。小学2年生のときから羽村西少年野球クラブでやっていました。

だい ここまでのお話では、音楽との縁はありませんが、音楽に触れる機会はなかったんですか。

大井さん 実は3歳から中学2年生までピアノをやっていました。嫌いでしたけど(笑)

だい やっぱり!小さいころから音楽に親しんでいたんですね。その頃に、声楽家になるようなきっかけとか、なにか印象に残っていることとかはありますか。

大井さん 小学生の頃に2つありまして、1つ目は音楽の先生がクラス全員に楽器を持たせてオーケストラを作ったときに、ピアノが弾けるからと花形のアコーディオンを任されました。2つ目は、学芸会で「舌切り雀」のおじいさん役をやりました。もともと内向的な人間なので、ちょっと抵抗があったんですけど、やってみたら嫌いじゃなかったんです。これらの経験で、ステージ上で目立つ快感みたいなものを覚えました。

だい 小学生の時に目立つ機会をもらえたからこそ、自分が知らなかった可能性に気が付いたのかもしれませんね。

美術、野球好きの少年が「声楽」を志すきっかけ

だい 高校時代も野球ですか。

大井さん 実は合唱部に入ったんです。顧問の先生から部員が足りないから来いと言われて、それがきっかけで。

だい 入部してみて、自分が活躍できる可能性は感じましたか。

大井さん 楽譜が読めて音も取れるので重宝されました。自分の居場所というか、そういうものを感じました。

だい 合唱部が縁で声楽の道に進むことになったのでしょうか。

大井さん そうですね。進路に悩んでいるときに、顧問が声楽家だったので、「歌だったら進学の面倒を見てやる」と言われて、そういう進路もあるのかと初めて知りました。それから、レッスンをしていただいて「東京藝術大学」の声楽科に入りました。

だい 美術、野球ときてどうなるかと思いましたが、声楽にようやくつながりました(笑)

大井さんのお話で特に印象に残ったのが、小学生の時の舞台の経験が、内向的だった自分に人前に立つ快感を教えたということでした。ちょっとした一歩を踏み出すことで、新しい自分に気がつくということはよくあることかもしれませんね。そして今、大井さんは、音楽が地域の文化を醸成するという信念を持って、市民の皆さんが「声楽」という奥深い世界への一歩を踏み出すお手伝いをしているのだと感じました。
皆さんも、まだ見ぬ自分を発見するために新しい何かを始めてみてはいかがでしょうか。

プロフィール

大井哲也

羽村市出身
羽村西小学校・羽村第一中学校卒業
東京藝術大学声楽科卒・東京藝術大学大学院オペラ専攻卒
二期会会員、日本声楽アカデミー会員

大井さんの羽村市おすすめポイント

龍珠山 一峰院
住所 羽村市羽加美4-12-30
おすすめ理由 幼い頃の記憶なのですが、花祭りの甘茶の味が未だに僕の脳を刺激し続けています。
※現在は、甘茶の代わりに甘茶の飴が配られています。

INFORMATION

第50回記念 羽村市文化祭特別企画 「ゆとろぎオペラ『カルメン』」
期日 令和元年11月4日(月・祝)
会場 羽村市生涯学習センターゆとろぎ

伊藤 大(だいさん)

1971年生まれ。羽村市には延べ31年在住。ランニングとロードバイクを愛する1児の父。普段会えない人に会いたくて市民記者に応募しました。いつか、スポーツや趣味を通じて市民同士がつながるきっかけとなる記事を書いていけたらと思っています。